祝来日!Duran Duran・・・My Story Part2〜デビュー〜

9年振りの来日公演まで、2ヶ月を切りました。あっという間に秋になっちゃうのね。

79年、ラジオ番組「全英TOP20」が始まると、Police、Pretenders、Boomtown Ratsなど、多くのブライテスト・ホープが登場しました。とにかく、大物も新人も賑やかに混ざってシーンを盛り上げていたのです。

Policeのインタビューを大貫さんと新宿のホテルのロビーでやったり、Boomtown Ratsの来日時にはボブ・ゲルドフに浴衣着せたり、そんなボブに新聞紙丸めたもので頭をポンポンされ、「大きくな〜れ」と言われたり、Japanのデビュー前にロンドンでインタビューし、デヴィッド・シルヴィアンが意外に男っぽいなと思ったり、名門レーベルRakレコードでスージー・クワトロのインタビューをしたり、19歳〜20歳の私は目を丸くしながら、そんな洋楽シーンの真ん中にいることだけで嬉しかったものでした。

そしてその時期に出会ったのが、Duran Duranであり、Adam&The Antsだったのです。まあAdamはここではおいておいて〜。「Planet Earth」でデビューしたばかりの5人に初めて会ったのは、マンチェスター・スクエアにあったEMIのオフィスでした。ちょうど12インチヴァージョンのレコードが出来上がっていて、それを嬉しそうにみている5人の美少年がいました。少年じゃなかったけど、美少年な言葉がぴったりでした。

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初インタビューin London

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オリジナル再結成の時の5人

ジョン・テイラーは本を片手にもって現れて、あらっ文学青年?なんて思ったものです。あとからわかったことですが、ジョンは本が大好きで、六本木の青山ブックセンターが大好きなスポット。ソロの時に一緒に仕事をしていたのですが、仕事に行くための待ち合わせ場所が青山ブックセンター。「大丈夫なの?一人で行けるの?」というと、全然平気な感じでした。その時に、ハリーポッターの最初の洋書が日本でも売り出されたばかりで、それを私の甥と姪にプレゼントしてくれたのです。超オススメ本として。いつだったかお店が一時閉店になると言う話を聞きつけたジョンは、非常に残念がっていたけど、六本木は大丈夫だということを知り、喜んでいました。今度はTSUTAYA 代官山でも紹介しましょうかね〜。

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青山ブックセンターに通っていた頃。当時のAvexの依田会長と。

まあ、そんな若者5人を目の前にして、誰よりも何よりも、スターとしてのカリスマ性と若いエネルギーと(私も若かったわけです)、何かが生まれそうなドキドキ感を一瞬にして味わった私は、それから使命とでもいうように、Duran Duranの取材をするためにロンドン、マンチェスター、カンタベリー、といったイギリス国内から、ニューヨークまで当時のテレコを抱えて、走り回ったのでした。テレコって重くて・・・。ツアマネには、スヌーピーはどこに行ってもいる、とか嫌味まで言われましたが、鼻っぱしらの強い当時の私は、英語もろくに話せないのに、いつも強気で、なによ〜という態度だったことは、今反省。素直に反省しちゃう今日この頃。

あの頃ロック・スター、ロック・アイドル(?)が、大胆な描写の映像や音を作ることはまずなかったのですが、Duran Duranはデビュー時からアートと音楽の融合にこだわっていて、「グラビアの美少女」では、お相撲さんが美女と絡み合う映像に、これっていいの?なんて思っちゃったほどです。スー女の和田ちゃんには見せられないです。

でも当時からメンバーは「これはアートなんだー」と言っていました。

Duran Duranが80年代のグループという印象だけにとどまらず、常に進化し、今も世界中をツアーして回るグループであるのは、そういった確固たる彼らの姿勢があるからなのでしょうね。  つづく