Take That… My Story 3 Robbie Williams

新作「Wonderland」リリースまで1週間をきりましたね。楽しみにしていてください。

ここからはソロ編です。Take That解散後、マーク、ゲイリー、そしてロビーはソロ・デビューを果たします。ここからはソロ時代をピックアップします。ソロ作品のリリースはマークが一番ノリでしたが、今日はロビーのソロ時代を振り返ります。

Take That時代は、取材などで多くを発しなかったロビーでしたが、ソロになってからは、よく話をしたし、一番会う機会が多かったように思います。1997年「Life Thru A Lens」を発表し、UKナンバー・ワンとなったロビーは、自分が進むべき方向性を見つけ出したようにみえました。もちろん、あの頃はまだまだ情緒不安定な要素は見受けられたのですが、アーティストとしての自信は芽生えはじめていました。日本でアルバム・リリースがされたか、される直前だったか、ロビーはソロとしてプロモーション来日を果たしました。そして積極的にインタビューに応じていました。

横浜・みなとみらいにあるFm yokohamaのスタジオにやってきた時の話。Cスタジオで、アコースティック・ライヴを披露してくれました。その時ちょっとした事件勃発。Take That関連では、よ〜くマネージャーと一悶着あるんです。まだシングル・カットされてなかった「Angels」は、その頃から名曲と言われ、UKではクリスマス時期に向けてのシングル・カットが予定されていました。アコースティック・ライヴでは、ぜひ「Angels」を披露してほしいとロビーにお願いすると、「いいよ。」と快くOKしてくれたのですが、そこにマネージャーが入ってきて、「この曲はすごくスペシャルだから、アコースティックでやることはできない」と。「スペシャルだからやってほしい」とお願いしても、頑として首を縦に振ってはくれませんでした。その横でロビーは、どうしてよいかわからず目が泳ぐ。。。結局「Angels」は断念したのですが、スタジオからスタッフが出て行き、私とロビーになった時、「ああいうマネージャーだめだから」と言うと(私も若かった。。。今はまったくそんなこと言えないけど)「わかってるよ。ごめんね」と下を向いたロビーでした。

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お寿司を食べたからご機嫌さん!!

次の来日の時だったか、この時だったか、忘れてしまったのですが、表参道の私のスタジオにも来てくれて、その時はお寿司が食べたいからと、高級寿司の出前を頼んで、スタジオで食べながらインタビューをしたこともありました。番組ディレクターの今泉幸子がロンドンで取材した時も、スーパーで買ってきたお寿司を食べていたということで、ロビーは本当にお寿司が大好きです。

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LAでのインタビュー! プロモ来日より前だったか、後だったか不明。。。w

ロビーとはロサンゼルスに彼が住み始めた時に、LAでもインタビューしています。その時はサラダを食べながらの取材でした。「時間ないんだから食べながらでいいですよ」と伝えると、嬉しそうな顔をしていました。2000年には、当時のロンドン・アリーナ(今のO2)で、ロビーの本格的なライヴを見ました。彼がステージに立った姿は、本当に久しぶりに見ることになりました。その後は、パリでも取材をしました。ちょうどロンドンにいた私は早朝のユーロスターに乗って午後取材をし、最終でロンドンに帰るという強行軍。

早朝駅に着くと、朝一でブックスタンドがオープンしていて、その日の発売の雑誌の表紙がマークだったのです。ちょうど「セレブリティー・ビッグ・ブラザーズ」に出演していたマークが、視聴者の投票で優勝。ソロ活動があまりうまくいかない時期に、多くの人の支持を得て感動したという彼のインタビューが掲載されていました。ロビーの取材に行く日に、マークが表紙の雑誌を手に、パリへと向かったのです。

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パリでのインタビュー!明るい表情になっていました。

パリにはレコード会社の方の他に、ライターの妹沢奈美さんもいらしていました。当時「ロッキン・オン」などに寄稿していた妹沢さんは実はThatterであったということをその時に知り、それ以降仲良くしていただいています。パリでのロビーは、とってもウキウキな表情をして、すべてが順調にいっているのを楽しんでいるようでした。何冊か本も出ていたので、その時にサインしてもらったのがこの写真です。また「Feel」というタイトルの本には、日本でのプロモーションの様子が書かれていて、私がインタビューした時の模様も掲載されていました。

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Thank you for supporting my careerという言葉が嬉しかったです。

ロビーは、アルバムを発売するごとに大きくなっていき、Take That時代を超える成功を手中に収めました。そんなピークの時に、赤坂ブリッツでのショウケース・ライヴを行ったのですが、残念なことに、この頃から積極的にインタビューに応じることはありませんでした。ロビーを迎えてのパーティーも開かれましたが、本人不在という結果に終わり、関係者が真っ青だったのを覚えています。海外での成功に比べ、日本でなかなか売れないロビー。あまりにも人気の温度差が開きすぎてしまったことも、日本を遠ざけてしまう理由になってしまったのでしょうか?もちろん本人ということではなく、彼を取り巻く人々の決断でしょう。Take That時代のロビー、Take That時代に作った日本の思い出は、ソロ・アーティストとして売っていくロビーと切り離して考えていたわけですから。

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